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随筆

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 おちこぼれ戦争史
【第2編】
 

天皇の鶴の一声で止められるのだったらなんでもっと早く、と何度も繰り返した。その結果が無条件降伏とは、あまりの無念さに哲也は思わずポロポロと涙をこぼした。どうせ死ぬしかないと覚悟を決めていたのに、急に気が抜けてその場にえたへたと座り込んでしまった。放送を聞きに集まって来た近所の人たちも、皆一様に涙を拭っていた。一億玉砕を覚悟して戦争に協力し、最後には必ず勝つと信じ込まされていた国民に取って、にわかには信じ難いことであった。しかし事実だとすれば、なんと、ばかばかしことをしてきたものだろう。失われた命は二度と帰ってはこない。聖戦と称して連日のように国民を戦争に駆り立ててきたあの新聞記事やラジオ放送はみんな嘘だったのか。新聞社や放送局なんて、なんといい加減なことばかり言っていたのだろう。東条始め軍の指導者達は、必勝を信じて死んでいった人々になんと言い訳する気だろう、と思うと同時に徴兵検査で、丙種と査定され、役立たずのろくでなしと罵られた、苦々しい思い出と屈辱が胸をよぎり、無性に腹立たしさを感じた。併し冷静になってみると、これからどうなるんだろうと不安に襲われた。アメリカに負けたということは、取りも直さず支那(中華民国のこと)にも負けたということである。今まで日本軍が満州、支那を始め、フィリッピンや東南アジアの各地で武力を嵩に横暴の限りを尽くしてきたことは、既に内地にも伝わっていた。街では、負けた国にはその付けが廻ってきて、婦女子は必ず陵辱の憂き目にあい、男はみんな去勢されて使役に駆り出され、牛馬のようにこき使われるであろうというデマが、まことしやかに飛び交った。脛に傷持つ日本は占領後に、自分たちが嘗てやってきたと同じ行為が、占領軍によって必ず行われるに違いないと恐れおののき、また一般国民も、今に必ずそういう事態が発生するものと、覚悟を決めていた。「わたしゃね、年だから仕方がないけどさ、この娘らだけはアメ公に指一本触れさせないよ」とこの家の小母さんは大きな体をゆすって啖呵を切った。随分迷った挙げ句の選択として、娘ら二人は木曽郡、木祖村の奥に住む小母さんの妹の家に預かってもらうことに話が決まった。田舎の親戚に預けられることになっても、途中でなにかあってはと、二人は頭を丸坊主にされてしまった。上の娘は恥ずかしいと見えて顔を出さなかったが、下の娘の淳子が彼の部屋に別れの挨拶にやってきた。頭を丸めた意味も充分わからず、叔母さんの所へ行くというのではしゃいでいた。


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