「石館さんの奥様でしょうか」
「はいわたくしが石館の家内でございます」
「わたし、あなたとご一緒に仕事をしていたAの家内です。電話で大変失礼ですが、昨日あなたは宅の主人に革のベルトと、千代結びというお菓子をプレゼントされましたね」
「ええ致しました」
「あれはどう言う意味ですの」と、会長夫人はきびしく詰問した。
「どういう意味って、そう 大そうお世話になったのでこのたび会長をお辞めになる機会に、記念品としてさしあげましたの」という志保の返事に、たたみかけるように、
「そうではないでしょう。あなたがこれまで度々宅の主人と逢ってらっしやったと、ある人から聞いています。宅の主人が夜出かけるといつも帰りが遅いのは、きっとあなたとお逢いしていたからに相違ないと思います」と婦人は断定した。
「えっ!とんでもないわたくしは退職後、一度もお宅のご主人とはお逢いしていません」志保は即座にきっぱりと否定した。
「じゃーお聞きしますが、なぜベルトをプレゼントされたのです。ベルトは体につけるもので、しっかりと体を巻つけておきたかったからでしょう。それに千代結びというお菓子、あれは千代に八千代に末永く二人を結びつけるという、お菓子ではありませんこと。いつまでも離れたくないという意味じゃなくて何でしょうか」
志保は唖然として即座にどう返答すべきか言葉の選択に迷ったが、次の瞬間猛然と
「えっ!それはとんでもない、誤解です、本当に大誤解です。わたくし、この家に来てからは里へさえなかなか帰る暇がない程ですのに、ましてお宅のご主人とお逢いしていたなんて、とんでもない言いがかりですわ」と力を込めて反撃した。
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