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随筆

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 小さい秋みーつけた
【第3編】
 

 三たびキンモクセイの香りが漂い始めた10月初旬になると、病状は、またまた悪化して来た。その日いつものように病院の入り口から廊下づたいに歩いてゆくと、「いたいよう、いたいよう」と泣き叫びながら搬送車に載せられて、処置室に運ばれて行く患者に気が付いた。近づくと、なんとそれは志織ではないか、思わず彼は息を呑んだ。

 志織はもうこの頃は、まともな精神状態ではなく、肉体の方も各所に壊死が発生し、次第に奥深くまで肉が腐り落ち、痛みに耐えかねて子供のように泣き叫んでいたのだった。

 それから二三日後、病院から志織の急変を告げる電話が鳴った。直ちに志織の兄弟にも連絡して病院に駆けつけ、ベッドの志織に言葉を掛けたが、プイと横をむいたまま話そうとはしなかった。その後、日を追って意識は混濁の度を増し、四日目の今では全く意識がなくなっていたが、暑がって盛んに胸をはだけようとした。じっとりと汗ばんだ肌は青磁のように透き通ってみずみずしく、豊満な胸の辺りが激しく上下し、せわしい呼吸は、マラソンのランナーがゴールインする寸前のようであった。周囲ではみんな押し黙って、お玉じゃくしの運動を食いいるように見つめていた。それはアクロバットの様におどけた調子で光の尾を引きながら、左から右へ跳ね回って泳いでいた。突然次男が笑いだした。然し誰も不謹慎だとは言わなかった。あまりにも張りつめたこの部屋の空気に誰もが息苦しくなっていた。みんな笑い声に同調して笑い出した。しかしその笑いはうつろでこわばっていた。達哉は息子等とずっと妻の最後を見守るためにここに泊まり込み、もう丸三日間が過ぎていた。昨夜は妻の妹が来たので子供等は帰り彼と妹の二きりでつき添ったが、志織は一晩中熱にうなされていた。夜中に突然手を差し伸べる様に高く挙げて「早くー 早くきてよ」と何度も何度も繰り返した。何を呼んでいるのか分らなかった。「姉さんなーに」と妹が言っても、うつろな目は虚空を凝視してたままで、答は帰って来なかった「早くー、だめじゃないのそんな所にいては」とじれったそうに呼び続けて差し出すかいなは細く透き通っていた。それでいて関節だけが妙に節くれだったリューマチ特有の腕を思わず握りしめ、頬ずりする達哉の目からは、止めどもなく涙が溢れ出た。

 その後はもう荒い呼吸だけが気ぜわしく続き、あとはパタリと静かになってしまった。何時間経ったのだろうか、時が永遠に止まってしまった様に感じたが、しかし、お見舞いにもらった時計だけは正確に時を刻んでいた。


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