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随筆

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 小さい秋みーつけた
【第4編】
 

 それは真に奇妙な構造の置き時計で、一本の軸に結びつけられた糸の先端に付いた、直径1センチ程の小さな玉が、軸が左右に半回転する度に絡まっては、まるで生き物の様に元気よく、くるくると跳ね回る仕掛けになっていた。この機械の躍動は死に瀕している病人の枕元で、おれだけは君らと全く関係ないよ、と言わんばかりに誇らしげに動き回って元気さを誇示していた。

 ほかの病室からは物音ひとつ聞こえなかった。病人の荒い呼吸、モニターの中で跳ね回る青白いお玉じゃくし、そして奇妙な時計の玉の回転、それだけがまだ生きているぞいわんばかりに動いていた。

 永久に続くかと思われた火の玉の動きが急にむらになって出て来て、少しづつ上下動が緩やかになって来た。病人は時々息が止まったかと思うと、また大きなため息を付き始めた。医師と看護婦が駆けつけて来て人工心肺装置を付けますかと言ったが、達哉はこれ以上の苦痛を見るに忍びなかったので、「先生結構です」と乾いた口からかすれた声で辛うじて答えた。「ではこのままにしましょう」と医師は言った。火の玉の運動はますます衰え、時々ぽこんと飛び上りながら走っていた。急速に心拍が落ち込んできたのを見てとった医師は、やおら患者に馬乗りになり心臓マッサージを始めたが、それでも拍動は回復しないと見るや、看護婦が持ってきた太い注射器を取り上げいきなり心臓目がけて長い針を打ち込んだ。

 思わず目を背けてモニターの方を見ると一瞬、再び火の玉の動きが活発になった。医師は胸部を押したり放したりの動作をしばらく続けたがそれはもう形式的であった。火の玉はついに一本の真っ直ぐな棒になってしまい呼吸は止まった。モニターを見ていた看護婦が「フラット」と小声で言うと、医師は傍らの看護婦に「アレスト」(心拍停止)と低く呟いて瞳孔を調べた後、取り囲んでいた家族に向かって「ご臨終です」と言って静かに黙礼した。

 1980年10月28日午前1時18分一人の人間の魂が肉体から抜け出して天に向かって消えて行った。次男はこらえ切れずに母親の胸にすがりつき、わっと泣いた。一様に回りから嗚咽の声が漏れた。死に顔は長く苦しかった闘病生活からやっと解き放たれた、穏やかな表情であった。


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