「それは大誤解です、ええ本当にそれは大誤解です」と志保の声が次第に大きくなってきて、それは大誤解ですという繰り返しが何度か続いていた。祐介は『ははあー、これはあまり良い話しではないな』と直感したが、それにしても誰からの電話だろうかといぶかしく思った。
石館夫妻の間に子供はなく、妻は夫の祐介より十才年下で五十を半ばを越えていたが、髪の毛も黒々としている上に小柄なため、実際の年よりも随分若く見えた。
在職当時は若い上に小柄で子供っぽかった志保を、A薬局長はなにかと大変良く面倒を見てくれたので、彼女はいまだにA氏を尊敬し、また彼が年上のせいもあって、A氏と言わずに先生と呼んでいた。ところが志保は退職後、年1回の同窓会にもあまり顔を出さない不良会員であった。
その理由は、もともと彼女は出無精なたちの上、嫁ぎ先が薬局で人手不足のため店を手伝っており、日曜日以外は遅くまで帳簿とか伝票の整理に追われていたので、子供はなくても一家の主婦である以上、なかなか家を空けるわけにはいかず、しかも同窓会は勤め人が多いせいか、店にとって忙しい月末の午後に開かれることが多かったからであった。
ところが最近になってA薬局長は、奥さんの体調が悪いとの理由で、今年の同窓会を最後に会長を辞めて、次の候補者にバトンタッチすることになったとの噂を聞いた志保は、今度ばかりは出席しないと会長に悪いかなと思っていたところへ、親しい同窓生から、会長も今度が最後だからぜひ貴女に逢いたいと言っている、との手紙が舞い込んで来たため、出無精な彼女も重い腰を上げて、出席しようという気になったのである。
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